育成就労・在留資格

運用要領から見える育成就労の転籍要件と課題

最終更新:2026年3月 | 参照:育成就労制度運用要領(令和8年2月)
育成就労制度の最大の特徴のひとつが「転籍(受入れ企業の変更)」を一定条件のもとで認めた点です。技能実習では原則として認められなかった転籍が、育成就労では外国人本人の権利として位置づけられました。しかしその要件は複雑で、運用要領を精読すると制度設計の細かな意図が見えてきます。本コラムでは、育成就労運用要領(令和8年2月)をもとに、転籍の二つのルート・やむを得ない事情7類型・初期費用補填の仕組み・民間職業紹介事業者の排除という設計思想と、実務上の課題を整理します。

転籍の二つのルート ─ 構造の全体像

育成就労法第9条の2は、転籍(法令上は「育成就労実施者の変更」)を認める認定基準を定めています。転籍には大きく分けて二つのルートがあり、それぞれ必要な要件が異なります。

要件 やむを得ない事情による転籍 本人の意向による転籍
第1号(育成就労計画の認定基準) 必要 必要
第2号(育成就労期間の通算3年以内) 必要 必要
第3号(同一業務区分・同一分野) 必要 必要
第4号ただし書(やむを得ない事情) 必要(これが認められれば第4号イ〜ハ不要) 不要
第4号イ(転籍制限期間の経過) 不要 必要
第4号ロ(技能・日本語の試験合格) 不要 必要
第4号ハ(転籍先の各種要件) 不要 必要

つまり、やむを得ない事情ルートでは転籍制限期間の経過も試験合格も不要で、第1〜3号の共通基準さえ満たせば転籍が認められます。一方、本人意向ルートでは第1〜3号に加えて第4号イ(制限期間経過)・ロ(試験合格)・ハ(転籍先要件)のすべてを満たす必要があります。

本人意向による転籍の要件詳細

① 転籍制限期間の経過(第4号イ)

転籍制限期間は分野ごとに「1年以上2年以下の範囲内」で分野別運用方針が定めます(規則第26条)。分野別運用方針において2年と定められている場合でも、個々の育成就労実施者が育成就労計画において1年と定めることができます。転籍を希望する場合は、育成就労計画に記載されている「育成就労実施者の変更を制限する期間」の欄を確認することが必要です。

転籍制限期間のカウントについて:転籍制限期間は、新たな育成就労計画の認定(転籍先での育成就労開始)の時点で満たしていれば足ります。転籍の希望の申出や届出の時点では、まだ制限期間が経過していなくても、転籍先を探す支援は行うことができます。

② 技能・日本語能力の試験合格(第4号ロ)

本人意向の転籍には、分野別運用方針で定める技能試験および日本語能力試験への合格が必要です(規則第27条)。定められた試験よりも高い水準の試験に合格している場合は、当然に要件を満たしているとみなされます。なお、育成就労期間の延長中(育成就労の目標試験に合格できず期間延長している)の者は、本人意向転籍の対象外です。

また、育成就労実施者が転籍を妨害するために試験を受けさせない・受験を妨害するなどの行為は育成就労計画の認定取消事由となり得ます。試験が実施者の事務所で行われる場合、育成就労実施者には試験場所の提供等の協力義務があります。ただし、生産ラインへの重大な支障があるような著しく困難な事情がある場合は、他の適切な場所を手配する措置も認められます。

③ 転籍先育成就労実施者の要件(第4号ハ)

運用要領(規則第28条)は、本人意向転籍者を受け入れる転籍先の育成就労実施者について、以下の4つの要件を定めています。

転籍先育成就労実施者の5要件(規則第28条・ア〜オ)

やむを得ない事情による転籍 ─ 7類型の詳細

規則第25条は、転籍制限期間や試験合格なしに転籍が認められる「やむを得ない事情」を5号に列挙しています。運用要領はこれを具体的に7つの場面(ア〜キ)として解説しています。

人権侵害行為を受けた場合 暴行・パワーハラスメント・セクシュアルハラスメント・マタニティハラスメント等。「国に帰れ」など民族・国籍を理由とした差別的言動、土下座・丸刈りの強要なども含まれる。
根拠:規則第25条第3号
育成就労実施者から雇用関係を打ち切られた場合 倒産・廃業・事業縮小等による整理解雇・雇い止めが典型。解雇が法的に無効な場合でも、形式的に解雇を通知されていれば該当する。解雇に至らなくても、経済的事情による事業規模縮小等に伴い育成就労の継続が困難になった場合も含む。
根拠:規則第25条第1号
育成就労実施者と合意解除した場合 信頼関係の修復が困難となり互いの合意で雇用契約を解除する場合。合意解除が強要によるものとして法的に無効と認められる場合も、形式的に意思が合致していればやむを得ない事情に該当する。
根拠:規則第25条第1号
重大悪質な法令違反行為があった場合 (ア)計画外業務への従事、(イ)賃金不払い、(ウ)二重契約、(エ)欠格事由への該当、(オ)育成就労法令違反、(カ)出入国法令違反、(キ)労働基準法令違反の7行為が典型例。単独では重大悪質とは認められなくても繰り返す場合には該当し得る。転籍を希望した本人だけでなく、同僚に対する行為でも該当する場合あり。
根拠:規則第25条第4号
雇用契約等の条件・待遇と実態が相違し、是正されない場合 宿泊施設の賃貸借契約は「雇用契約と密接に関連する契約」として含まれる。勤務地・宿泊施設の変更による本人負担増・生活環境の変化も相違に該当し得る。是正の申入れは本人に限らず機構経由でも可。同じ違反と是正の繰り返しは是正申入れ不要でやむを得ない事情となり得る。
根拠:規則第25条第2号
雇用契約書の不交付または母国語での説明がなかった場合 育成就労実施者は雇用条件の母国語での説明が義務。これらの義務違反が事後的に発覚した場合は、やむを得ない事情として認められる。
根拠:規則第25条第5号
その他保護の観点から継続が相当でない事情(アレルギー・疾病等) 育成就労開始後に取り扱う原材料へのアレルギーや疾病を発症し、育成就労の継続が困難または日常生活に支障をきたす場合等。
根拠:規則第25条第5号
オの類型(条件・待遇と実態の相違)は実務上最も頻出になる可能性があります。宿泊施設・勤務地変更による生活環境の変化も対象に含まれること、是正申入れが本人以外でも可能なこと、繰り返し違反は申入れ不要で認定され得ることから、実質的に幅広い状況でやむを得ない事情が認定される可能性があります。受入れ企業は、住環境等について当初の説明と相違が生じないよう管理することが重要です。

民間職業紹介事業者の排除 ─ 制度の設計思想

本人意向転籍において特徴的なのが、転籍先とのマッチングに民間の職業紹介事業者等を関与させることを明確に禁止している点です。運用要領(規則第28条第4〜6号)は具体的に以下の場合を禁止しています。

転籍先が受入れ不可となる民間事業者関与の4パターン

これらの要件は転籍先の育成就労実施者に課されるものです。例えば求人サイトや民間の人材紹介会社を経由して転籍者とマッチングした場合、その転籍に係る新たな育成就労計画の認定を受けられません。認められる経路は、監理支援機関・外国人育成就労機構・ハローワーク・地方運輸局の4機関のみです。

特定募集情報等提供事業とは:求人情報や求職者情報を提供する募集情報等提供事業のうち、労働者になろうとする者に関する情報を収集して提供に使用するものをいい、実施するためには厚生労働大臣への届出が必要。ただし、届出をしていない事業者も規則の「特定募集情報等提供事業を行う者」に含まれるため、届出の有無にかかわらず利用不可。

初期費用補填の仕組み

本人意向転籍において転籍先の育成就労実施者は、転籍元の育成就労実施者に対して初期費用の一部を補填することが義務付けられています。補填額は「主務大臣が告示で定める額」に、転籍元での育成就労期間に応じた按分率を掛けた金額です。

1回目の本人意向転籍の場合(按分率)

転籍元での育成就労期間 按分率
1年以上1年6か月未満6分の5
1年6か月以上2年未満3分の2
2年以上2年6か月未満2分の1
2年6か月以上4分の1

つまり、転籍元での育成就労期間が短いほど補填額が多く、長いほど少なくなります。転籍先となる育成就労実施者は、新たな育成就労計画の認定申請において補填を誓約し、認定後6か月以内に支払いを証明する書類を機構に提出する義務があります。誓約に反して支払わなかった場合は虚偽申請として育成就労計画の認定取消しの対象となり得ます。

やむを得ない事情ルートには補填義務なし:初期費用補填の義務は本人意向転籍のみに適用されます。やむを得ない事情による転籍の場合、転籍先に補填義務はありません。また、転籍元がやむを得ない事情転籍者として受け入れた実施者(初期費用がかかっていない場合)も補填不要です。

実務上の課題と受入れ企業が押さえるべき点

やむを得ない事情と本人意向の境界線

やむを得ない事情ルートは転籍制限期間・試験合格・初期費用補填のすべてが不要であるため、実務上は本人意向であっても「やむを得ない事情があった」という構成でルートを選択するケースが増える可能性があります。特に「オ」(雇用契約等の条件と実態の相違)は、住環境の軽微な変更でも認定され得る余地があり、受入れ企業としては当初説明した条件との相違が生じないよう注意が必要です。

転籍制限期間の分野別確定値

本人意向転籍の転籍制限期間は「1年以上2年以下の範囲内で分野別運用方針が定める期間」とされていますが、最終的な値は各分野の分野別運用方針を確認する必要があります。また個々の育成就労計画においても1年まで短縮できるため、計画書の該当欄の確認が不可欠です。

転籍者の割合規制と大都市圏への集中防止

本人意向転籍者の受入れには「全体の1/3以内」という上限があります。さらに、大都市圏(指定区域外)の実施者が地方圏(指定区域内)から受け入れる場合は「1/6以内」という追加制限があります。これは大都市圏への人材集中を防ぐための措置であり、大都市圏の企業が地方圏から多くの転籍者を集めることを制度的に抑制しています。

やむを得ない事情の判断基準の不明確さ

「社会通念上継続し難い相違」といった基準が実際にどの程度の状況に適用されるのかは、制度施行後の実績積み上げを待たないと見えてきません。当面は個々の事案について機構に相談しながら対応することが現実的です。

失踪問題を解決できるか

失踪の根本的な原因のひとつは、「合法的な逃げ場がない」という構造にありました。劣悪な環境に置かれても転籍という手段は極めて限定的であり、離脱手段として失踪という違法行為をとるという状況が長年続いてきました。

育成就労の転籍制度はこの構造を変えようとするものであり、一定の改善効果は期待できます。転籍の希望の申出そのものへの報復(解雇等の不利益取扱い)が明示的に禁止されたこと、申出を受けた監理支援機関が機構に遅滞なく届け出る義務を負い機構が関与する仕組みが設けられたこと、やむを得ない事情があれば制限期間・試験なしで転籍できることは、前制度からの明確な前進です。

ただし、失踪を完全に防止できるかについては慎重に見る必要があります。やむを得ない事情の判断基準は制度施行後の実績積み上げを待たないと見えてきません。グレーゾーンの環境に置かれた外国人が合法的な手段を使えるかどうかが不透明な点は残ります。

また、制度を活用するには外国人本人が申出を行う必要があり、制度の存在を知らない・言語の壁がある・申出を妨害されるといった状況では制度が機能しません。転籍制度の実効性は、制度の周知と機構の積極的な関与にかかっていると言えます。

参考資料(一次情報)

※本コラムは令和8年2月公表の運用要領をもとに作成していますが、分野別運用方針等は別途確認が必要です。また、制度施行後の機構の運用実績により解釈が変わる可能性があります。最新情報は出入国在留管理庁・厚生労働省でご確認ください。

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